べミ様より
◆ 見えない心 ◆
「裂傷十数か所。打撲数箇所。あとは・・・・左足首捻挫。まあ、全部含めて、完治まで一週間というところだな。」
愛用のキセルを燻らせながら、天香学園の美人保険医として名高い劉瑞麗は、
カルテから顔を上げ九龍を振り返った。
「どうした。お前らしくもないじゃないか。」
「・・・・・。」
「話したくない・・・・か。だが気をつける事だ。
お前が怪我をしたなんて、もしもあいつらの耳に入りでもしたら・・・と言ってる傍から・・・・」
そう瑞麗が苦笑を浮かべて九龍の背後、保健室の出入り口の扉を見遣ると、
バタンッ!と大きな音を立ててその扉が乱暴に開かれる。
「九龍クン!」
「師匠!」
「ふあ〜・・・・」
三者三様。反応は様々ではあったが、みんな九龍を心配して駆けつけてくれたらしい。
「なんだ。結構元気そうじゃない。もう、あんま心配させないでよ。」
八千穂が胸に手を当てて、ほっと息を吐く。
その隣では、真里野が厳しい表情を浮かべ、
「師匠。たった一人で地下にもぐるなんて、いくらお主でも無謀だとは思わなかったのか?」
と心配し過ぎるあまり、若干怒りを含んだ固い声音で眉根を寄せ、どうしてこんな事をしたのか、
なぜ自分たちの誰か一人でもバディとして連れて行かなかったのかと九龍に詰め寄った。
だがそんな中、皆守だけは「・・・で?探し物はみつかったのか?」といつものやや眠たげな、
内面の読めない表情で九龍に訊ねた。
「探し物?なになに?なんか探したい物があったの?」
探し物と聞いて、おせっかいと好奇心の塊である八千穂が目を輝かせる。
「探し物?それはいったい・・・・・」
真里野も、その言葉に眉を顰めて訝しげに九龍を見詰めた。
そんな二人の様子と、いつもながら何を考えているのかわからない皆守、そして彼らを温かくというよりは、
どこか面白気に見詰めている瑞麗の顔を見渡して、九龍は諦めたように大きな吐息を吐き出しその重い口を開いた。
「・・・・・誕生日。」
「え?」
「今度の木曜日、け・・・真里野の誕生日だろ?でも何にもプレゼント用意できてないから、
せめて手料理でもってそう思って、目ぼしい食材を探しに地下に降りたんだよ。」
「なんだー。そうだったんだ。でも何も一人で探しに行かなくても・・・・」
「・・・・・。」
本当はそれだけの理由で一人で行ったのではない。
九龍は見てしまったのだ。真里野と七瀬が笑い合いながら話している姿を。
そして、七瀬が何やら真里野に小さな小箱を渡し、それをちょっと気恥ずかしげに受け取っている姿を。
その日、その場に行き合わせたのは偶然ではなかった。
「そういや、もうすぐ剣介の誕生日だな。やっぱ何かプレゼントとかした方がいいんだよな。」
だがそうは思うものの、今まで誕生日プレゼントなんて貰ったためしもなく、
ましてや人にあげた事など皆無に等しい九龍には、どんな物を贈ればいいのか皆目見当もつかなかった。
そこで参考までに、一番まともに答えてくれそうな七瀬に訊ねに行ったのだ。
あの時、変に躊躇せず二人に声をかければ良かったのかもしれない。
だけど、今でこそ真里野は自分の事を好きだと言ってくれているのだが、
少し前までは、ちょっとした勘違いから七瀬に好意を寄せていたのだ。
そんな二人が一緒に並んで親しげに立ち話をし、
あまつさえ何かプレゼントのようなものをやりとりしている姿なんか見てしまっては、いかに九龍といえども動揺する。
「師匠の気持ちはありがたい。だが、拙者も一言声をかけてくれれば良かったと思う。」
そんな九龍の内面の気持ちなど知りようもない真里野は、九龍の気持ちを嬉しく思いながらも、
やはり自分に何も告げずに一人で危険な行為をした九龍に一言注意せずにはいられなかった。
あの地下遺跡にはまだまだ未知の領域があり、それでなくとも危険極まりない場所なのだ。
そんな場所に一人で行ってもし何かあったら、きっと真里野は後悔せずにはいられない。
「とにかく、もう二度と一人で行動しないようにしてもらいたい。」
だが、そう真里野が釘を刺すその言葉をかき消すように九龍が怒声をあげた。
「なんだよ。け・・・真里野にそんな事をいう権利なんかないだろ!」
「なっ・・・・」
「お前なんか知らない!勝手に七瀬と仲良くやってろ、馬鹿っ!!」
九龍はそう叫ぶと、まだ呆然としている真里野や他の皆をその場に残し、
身を翻して保健室の窓から外へと飛び出していった。
一方、保健室に残された真里野はというと、
「今の話に七瀬殿がどう関係してくるのだ?」
と思いっきり疑問の表情を浮かべて八千穂に尋ね、
八千穂は八千穂で、「え〜、う〜ん。」難しい顔で考えたりしていたが、
とどのつまりは「わからないや」と言って笑い、皆守と瑞麗はそんな二人に苦笑を浮かべたのだった。
もうめちゃくちゃだ。
これが嫉妬というものだという事は九龍にも良くわかっている。
真里野はちっとも悪くない。自分が勝手に怒って当り散らしているだけなのだという事は・・・。
だけど、どうしようもない。恋心なんて代物は、本当にやっかい極まりない。
昔はこうではなかった。
もっと世界はシンプルでわかりやすく、自分の心が自分の思い通りにならないことなんてなかった。
どこまでも平坦で、シンプルで色がない殺風景な世界ではあったけれど・・・・。
どこまで走ってきたのだろう。
気がつくと、九龍の足は何故か遺跡の入り口、墓地の只中で止まっていた。
今は装備なんて何も持ってはいない。
だけど、今まで一番長い時間触れてきたこの独特の空間に今は身を置きたかった。
少しでも冷静さを取り戻すために。
「本格的にもぐらなければいいか。」
本格的な遺跡の入り口に入らなければ敵が出現する事はない。
とにかく今は、落ち着く事が肝要だ。
そう思って一歩を踏み出す九龍のその腕を、だがその時、すかさず掴む手があった。
はっとして振り返れば、そこにはいつにない厳しい表情を湛えた真里野の姿があった。
「どこへ行くつもりだ?」
「剣介・・・・・」
「さっきのあれはどういう意味だ?」
「・・・・・。」
「あれから、お主を追いながら色々考えてみたのだが、拙者には皆目わからない。
お主の無謀な行動には七瀬殿が何か関係しているのか?」
「・・・・・。」
「九龍。黙っておってはわからぬ。拙者がものの機微に疎い事は知っておろう。」
「・・・・剣介は俺の事をどう思っている?」
「ど、どうとは?」
「好きなのか嫌いなのか。」
「すっ、・・・・・せ、拙者は前に申したと思うが。」
あまりにも突然な質問に、真里野は真っ赤になって焦ったように目を泳がせた。
自分の気持ちなど当の昔に伝えた筈なのに、今頃になって何ゆえ改めて訊ねるのかと・・・・。
「もう一度聞きたいんだ。いま、この場所で。」
「そ、それは・・・・・」
日本男児たるもの、そう軽々しく何度もあ、愛を囁くなどできる筈が・・・・・。
だが、いつにない真剣な眼差しで自分を食い入るように見つめる九龍に、
真里野は何かただならぬものを感じて意を決して口を開いた。
「もちろん。す、す、好きでござる。」
「だったら何で七瀬と仲良く笑ってるんだ?なんでプレゼントなんて受け取ってるんだよっ!!」
「は?」
「とぼけたって無駄だ!俺はこの目で見たんだからっ!!」
「七瀬殿からプレゼント?拙者はそのようなもの・・・・・あっ・・・・」
最初は見当がつかなくて、九龍の言葉に首を傾げていた真里野であったのだが、
つい最近あった事を思い出して口を開いて固まった。
「ほらみろ。言い訳できないじゃないか。結局剣介は俺よりも七瀬の方が好きなんだ。
だったらもう俺なんかに構うなっ!俺の前に姿を見せるなっ!!」
言いたい事はこんな言葉じゃない。
本当は傍にいて欲しい。せめてこの学校を卒業するまでの間だけでもいい。
いや、違う。本当はずっと一緒にいたいのに・・・・。
「ちょっと待て九龍っ!!」
「うるさいっ!!」
「お主は何かを勘違いしているっ!!」
「勘違いなんかしていないっ!!お前はっ・・・・・って、え?」
「だから、勘違いだと言っている。」
「だって・・・・俺みたぞ。お前が七瀬から・・・・」
「ああ。確かに小箱を受け取った。」
「ほらっ!」
「お主へのプレゼントをな。」
「え?」
「拙者が気がついた時には、お主の誕生日は当に過ぎてしまった後だった。だが何かしたいと思った。
しかし、拙者はこのような無骨者ゆえ、何がいいのか皆目検討がつかなかった。
そこで七瀬殿に相談し、これを買った。」
そう言って、九龍の目の前に差し出されたのは、確かにあの時目にした小箱で・・・・。
「・・・・・・。」
「あ・・・・その・・・気にいらなかったら他の物と変えてもらえるらしい。」
九龍は震える指先でその小箱を受け取ると、そっとその蓋を押し開けた。
中から現れたのは、シンプルな銀色のイヤーカフスが一対。
「これ・・・・」
「以前、戦闘中になくしたと言っていたから・・・・その、同じ種類のを探してもらったのだがどこにもなくてな。
似たものではあるのだが・・・・」
やや赤くなって鼻の頭を掻きながら喋る真里野を見て、九龍は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
勝手に誤解して、勝手に怒って逃げ出して、あげくには、やっと追いついた真里野に対しての罵詈雑言の数々。
「ごめん。俺・・・・」
「やっぱり気に入らないか?」
「ち、違う!俺、剣介に酷い事言ったから。」
「酷い事?ああ、俺の目の前に姿を現すなというあれか?」
改めて自分の愚かな暴言を聞かされて、九龍はシュンと項垂れた。
怒って当然だ。もう許してもらえないかもしれない。
だが、そんな九龍の思いとは裏腹に、なぜか真里野は晴れ晴れとした顔をしている。
「気にしておらぬよ。そもそも、お主の目の前に姿を現さぬ事など拙者にはできそうもないしな。」
「え?」
「言ったであろう。拙者はお主が好きだ。いや、愛しているといってもいい。
一日会わぬだけでも気になって仕方がないというのに、二度と目の前に現れぬ事などできようはずがあるまい?」
そう言って、ちょっとはにかみながら笑う真里野に、
九龍は泣き笑いの表情を浮かべて「剣介・・・・・大好き。」とその耳元に囁いたのだった。
おしまい。

二人とも相手の事を想い、贈り物しようとして互いを心配させている…ああ、そんな不器用で素敵な恋…良いですねv

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