七兎様より
 【《宝探し屋》と《侍》の友情物語?】



 「なぁ。ずっと気になってたことがあるんだが」
 そう切り出した俺を、甲太郎とやっちーがほぼ同時に見た。突然何だ? というような表情を浮かべている。
 ここは屋上。俺たちは3人で昼飯を食べているところだった。
 俺は、手を止めてこっちを見ている二人を見つめながら、更に続けた。
 「この間仲間になった、真里野なんだけど」
 「あいつがどうかしたか?」
 「どうしてあいつはずっと着物を着てるんだろう?」

 『………………』

 俺の言葉にしばらく二人は絶句すると、そのまま何事もなかったかのように、再び昼飯を食べ始めた。
 無視!?
 「なっ、何で無視するんだよぅ! 気にならないのか!?」
 
 「別に」
 「趣味じゃないの?」
  
 憤る俺に、二人はさらっと答えて、次の授業の話などし始めた。
 くぅぅ! トモダチ甲斐のない奴らめっっ!

 「何でそんな冷めてるんだ二人とも!? 同級生が一度も制服を着たところを見たことがないってゆーのに!」
 「というか、何でお前はそんなに気になるんだよ?」
 いかにもめんどくさそうに甲太郎が言った。
 何でだとぅ!?
 「気にならない方がどうかしてるぞ?
 この天香学園で変な奴なんて腐るほどいるが、制服を着ていない奴なんて奴一人くらいのもんだ!」
 「改造制服のコはいるけどねっ」
 やっちーが笑いながら言った。どうやら甲太郎よりは興味を持ってくれているらしい。
 俺は、それに少し気を良くしながら続けた。
 「改造制服は一応制服だからいい。でも奴のは完全に着物だぞ!? 教師たちはどう思ってるんだ?」
 そう言った俺に、さすがの甲太郎も付き合う気になったらしく(ウザいから)、アロマなど吸いながら、
 「《生徒会役員》だからな……。それに、3年間それで来てるのに、今更ほじくり返すのもおかしいだろ」
 と言った。
 うぅむなるほど。妙に説得力があるかもしれん。
 「じゃあさ。制服は持ってないんだろうか?」
 新たに浮かんだ疑問に、甲太郎はあっさりと首を振った。
 「いや、それはないだろ。普通入学式の時に必ず買うモンだし」
 「それにあたし、真里野クンが制服買うトコ見たことあるもん」
 「何ですと!?」
 重大発言をさらりと言ってくれやがりましたね八千穂サン。
 「じゃ、じゃあ、1年の時は制服着てたとかっ!?」
 それなら写真とかあるかもー! という、淡い期待をかけつつやっちーに詰め寄ると、
 やっちーはしばらく考えていたが、やがてすまなさそうな表情を浮かべ、
 「ううん。多分着てなかったと思うよ。
 あたし真里野クンと同じクラスだったけど、入学式の次の日にはもう、あの格好だったハズ」
 と言った。
 ち、ちくしょう真里野剣介め……!!(←逆恨み)
 「そういやあいつ、入学式ん時も着物着てたな。今のと似たようなやつ」
 「何ぃ!?」
 次々と重大発言が飛び出しよるわ! それなのに黙っていたなんて……恐ろしい子!!
 ……などと俺が心の中でボケをかましている間にも、二人の話はどんどん新事実を暴露し始めた。
 以下、それらを箇条書きでまとめてみた。

 一つ。真里野剣介の洋服姿は誰も見たことがない。
 (入学式の時ですら着物だった。天香の制服は一応は持っているらしい)
 二つ。真里野剣介は体育の時でさえ、あの格好である。(本人曰く、着物の方が動きやすいらしい)
 三つ。1年の時は、着物を巡って毎日教師陣と死闘を繰り広げていたらしい。(それほど執着が?)
 四つ。バナナはおやつに入りますか?(入りません)

 以上、途中変なものも混ざったが、大体こんな感じだ。
 これだけ見ても分かる通り、真里野剣介は洋服……
 というか、西洋のものには全く縁がないらしい。(自分から縁をぶっちぎってる、
 とゆー説もあるが)
 洋服を着て欲しい……とまでは思わないが、せめて制服を着ているところを見てみたい。
 友人として、学生らしい彼の姿が見てみたいと思う。今の姿じゃまるで江戸時代の浪人だからな。(失礼)
 それに最近遺跡探索ばっかりで面白いことが何もないからな。退屈しのぎに丁度良いかもしれん。くくく。
 ………おっと。思わず本音が出てしまったが、とにもかくにも《真里野剣介に制服を着せ隊》、ここに設立だ!


 +++


 ・作戦その1。寝起きを襲う。

 ……何かものすごく誤解を招く作戦名だが、大体の筋書きはこうだ。

 ・真里野が寝るのを待つ
      ↓
 ・寝たのを確認した後、制服を持って真里野の部屋に潜む
      ↓
 ・まだ完全に覚醒しきっていない状態で、着物の代わりに制服を渡す

 武士とは言っても所詮人間。いくらなんでも寝起きぐらいは油断しているだろうという寸法だ。
 でもこの作戦には一つ問題点がある。それは、真里野がものすごく早起きだということ。
 そして、俺がなかなか起きられない人種だということだが……。
 ……ま、多分、大丈夫だろう。
 やってやれないことはないって校長先生も言ってたしな。
 よし。今夜作戦実行だ!


 〜その夜〜


 午前2時。
 ……ふっふっふ。
 まんまと真里野の部屋に忍び込むことに成功しましたよ皆さん!
 俺は逸る心を抑えつつ、真里野の寝ているだろう布団に視線を移した。
 どうやらベッドを嫌って、わざわざ布団を持ち込んでいるらしい。
 うーむ、徹底的なこだわりだな。その辺には敬意を表する。
 感心しつつも、俺はいそいそと鞄から、持って来た制服を取り出した。
 ちなみにこれは真里野本人のものではなく、
 真里野と体格の似ている奴の部屋から盗……いや、借りてきたものだ。
 明日には返せれば良いなぁと思ったり思わなかったり。
 まぁそんなことはどうでもいい。問題は、いかにスムーズに作戦をやり遂げられるかだ。
 俺は暗視ゴーグルを付け、部屋の様子を探った。隠れるのに適当な場所は……と。
 と、その時。とんとん、と肩を叩かれた。何だよこの忙しい時に。
 無視していると、尚も肩をとんとんと叩かれる。……うっとーしーなもー!

 「ちょっとほっといてくんない? 今忙しいんだけど」
 「……何をしている?」
 「何って隠れる場所を探して……っておおっ!? 真里野!?」

 ご……ご本人さん登場ですよ!? この番組の構成作家は何を考えてんだ!?(←モノマネ番組と勘違いしてる)
 目の前で木刀握ってる真里野さんの背中からは、闘気のようなものが揺らめいております。
 お、怒ってるんだろーな……。
 そりゃあ真夜中の2時に級友が自分の部屋に入り込んでごそごそやってたら腹も立つよなぁ……。
 ハッ! い、いかん! 原子刀喰らう前にこの荒んだ空気を何とかせねばー!!
 ものの2秒ほどでそこまで考えた俺は、
 とっさに手に持っていた制服を真里野の前にバッと差し出すと、満面の笑みでこう言った。

 「お帰りなさい貴方vvお風呂沸いてるわよvvそれともその前にご飯かしら? いいえそれとも、あ・た・し?」


 ――――――。

 長い――とても長い沈黙の後――――



 「原子刀ォーーーー!!!!!」



 ジョークを流しきれなかった真里野の放った、手加減なしの原子刀は、狙い違わず俺を貫いた。
 …………フッ。このアメリカンジョーク(違)が分からぬとは……哀しい男よのォ…………。
 そんなことを思いながら。俺の意識は暗転したのだった――。


 +++


 目を開けると、まず目に入ったのは見慣れない天井だった。
 背中の感触からすると、俺はどうやら寝かされているらしい。
 ――っていうか。ここドコ?

 「目が覚めたか?」

 かけられた声は聞き覚えのあるものだった。
 視線を向けると、思った通り、そこには瑞麗先生の姿があった。っつーコトは、ここは寮の医務室か。
 先生は足を組んで、キセルなどふかしている。
 何か全然心配してなさげですね、先生。

 「どこか痛むところはあるか?」
 「……頭が痛いです」

 言いつつ触ってみると、どうやらこぶができているらしい。触った途端、痺れるような痛みが走った。
 ……でも何でたんこぶができてるんだろ、俺?
 確か真里野の部屋に忍び込んだのがバレて原子刀を喰らったような――
 そこまで思い出して、おれはあっ、と叫んだ。こんなのんびりしている暇はなかったことを思い出したのだ。
 時計を見れば、既に午前6時。いつまでも遺跡探索サボってらんないし、今日中に真里野に制服を着せねば!
 ――自分でも何でここまで必死なんだろう、とかふと思うが、まぁ、男の意地ってやつだ、きっと。
 と、いうわけで、男の意地のためだ。まどろっこしい作戦は止めにしよう。
 幸いこの間から結構な量のクエストをこなしたので、金はたんまりある。
 それで亀急便からちょっとイイ武器を買って、真里野をサクッと昏倒させるとしよう。
 奴は勘が良いから、気付かれずに近づくのは至難の業だからな。
 亀急便には速達にしてもらって……。
 まぁ、わざわざ速達にしてもらわんでも、いつも注文したそばから持って来るけど。

 ま、とにかく、一度部屋に戻ろう。

 「先生、ありがとうございました。俺、部屋に戻ります」
 ぺこりと頭を下げると、瑞麗先生はふっと笑みを浮かべ、
 「気にするな。頭はちゃんと冷やせよ。――ああ、そうだ。ちゃんと真里野に礼を言っておくんだぞ?」
 「……真里野に?」
 何で? 俺は殺られかけたハズなんだけど?

 俺が首を傾げていると、先生はやれやれ、といった風に肩をすくめて、 
 「ここまで誰が君を運んだと思ってるんだ? あの子――真里野だよ」
 「え……」
 泥棒と間違われても文句の言えない状況だった俺を…?(←犯罪者まがいの行為だということの自覚はあるらしい)
 「深夜2時過ぎだったかな。突然真里野が私の部屋を尋ねて来てな。
  君がひっくり返って頭を打ったから見てやって欲しい、と言って来たんだ」
 「……なるほど。だから後頭部にたんこぶが」
 原子刀に当たったワケじゃなく、驚いてひっくり返って頭打ったのか、俺……。
 「私が寮の医務室に運ぼうと言ったら、あの子はわざわざ君を抱えてここまで連れて来てくれたんだぞ。
  ……私は蹴ってでも起こせと言ったんだがな……」
 ヒッ! 養護教諭にあるまじき発言!! 怖っ!

 ――っていうかその言い方だと……。

 「……もしかして聞きました? 俺が気を失うことになった経緯」
 「ああ、しっかりとな」
 恐る恐る聞いた俺にさっくりと答える先生。……どおりで、さっきから真里野を擁護するような発言が多いと思った。
 先生は足を組み替えて、キセルをぴこぴこと振りながら、
 「何でも、真里野が寝ていたいたところに君が突然大きな鞄を持って部屋にやって来て、
 真里野を盗撮しようとしたとか?」
 「違いますよ!!!」(←ここ4倍角で)
 思わず大声でツッコむと、瑞麗先生は面白そうにくつくつと笑い、
 「まぁ、それは冗談にしても。君が忍び込んだのに違いはないだろう? 
  そんな輩を心配して、真里野はわざわざ夜中に養護教諭のところまで飛んで来たんだ。
  ――礼くらいは言っておくべきじゃないか?」
 既に輩扱いですか……。
 人はこうして信頼を失ってゆくのだなぁ……
 と、ようやく昇り始めた朝日を見ながら、俺の脳裡にはドナドナが流れていた。(何故?)
 でもまぁ……そうだな。瑞麗先生の言うとおりだ。
 真里野が心配してくれたのはホントだし、俺が迷惑をかけたのも事実だ。
 なら、俺が今するべきことは、部屋に帰って亀急便に連絡することじゃなくて、真里野に謝ることだ。


 俺は先生にもう一度頭を下げると、真里野の部屋へと向かった。
 そんな俺を見て、先生が微笑んでいたかどうか――俺は、知らない。


 +++


 ――――で、急いで真里野の部屋まできたわけですが。
 何度ノックしても真里野は現れず、どうやら俺は思いっきり肩透かしをくらっているらしい。(現在進行形) 
 廊下にかけてある時計を見れば、6時45分。
 何時からやっているか知らないが、どうやら真里野は剣道部の朝練に行っているらしい。
 でも、俺を医務室まで連れて行った時間が既に2時くらいだったハズなのに……凄い情熱だよなぁ……。

 朝練の邪魔をするのも悪いと思ったので、俺は昼休みに改めて礼を良いに行くことにした。
 朝は忙しいだろうしな……。
 それに、借りて来た制服も、元の持ち主に返してやらなければならんし。学校行けないもんなぁ、制服ないと。
 
 ……真里野に制服を着せる、という作戦は、一旦凍結させることにする。
 一つ目の作戦で頓挫したし、それに、真里野にはやはり制服は似合わないと思う。……って、今更なんだけど。
 思い返してみれば、何をそんなに熱くなってたんだ俺、って感じかな。はっはっは。(←熱しやすく冷めやすい)
 ま、まぁとにかく! 《真里野剣介に制服を着せ隊》は解散して、新たに《真里野剣介にお礼を言い隊》として
 活動するとしよう!
 活動開始時間は昼休みと同時だ! おー!



 +++



 〜そしてあっという間に昼休み〜



 「……何かあんまり授業した気がしないが、そんなことはどうでもいい。
  任務を速やかに実行すること。それが今の俺に課せられた使命だ!」
 叫び、俺は立ち上がった。甲太郎とやっちーがきょとんとした顔でこっちを見ている。
 ……あー。何か昨日もこんな感じだったような……。
 軽い既視感を覚えながら、俺は二人に向かってしゅたっ! と手を上げて見せた。

 「俺は今からちょっと用事があるので昼飯は付き合えないから! 以上! では行って来ます!」

 二人の返事も聞かず、俺は教室を飛び出した。
 後から聞いた話によると、呆気に取られていた二人は、たっぷり5分間ほど同じ姿勢だったらしい。
 ……ゴメンよ、二人とも。


 +++


 俺は猛ダッシュで図書室に向かっていた。この時間、真里野は殆ど毎日図書室に通いつめているらしい。
 ――七瀬ちゃんがいるからだな。いいねぇ、青春って。
 そんなことを考えている内に、すぐに目的の場所へ着いた。

 図書室。
 あまり昼休みに利用する人はいないのか、中はひっそりとしている。
 しかし思った通り、気配はあった。恐らく、真里野と七瀬ちゃんだろう。
 俺は何となく邪魔しちゃ悪いと思ったので、そっと中を覗いてみることにした。イイ雰囲気だったら困るしな……。
 細くドアを開けて、中を覗き込む。
 ……何か昨日から俺、犯罪者みたいなことばっかりしてる気がする。しかも痛い系の。
 ……あんまり今の自分の状況は考えないことにしよう。哀しくなるから……。


 ――中の二人は、至って平和に本の整理などしていた。イイ雰囲気……と言えなくもない、か?
 まぁ何にせよ、いきなりドア開けなくて良かった。七瀬ちゃんはともかく、真里野に刺されるところだった……。
 安堵に胸を撫で下ろしつつ、俺は二人の様子を窺うことにした。出ていくタイミングを計らねば……。
 二人の声が、微かに耳に届く――。


 「あ、私もその本好きなんですよ。時代物って勧善懲悪で楽しいですよね」
 「う、うむ。正義と言うものは必ず勝たねばならないからな!」
 「うふふ。今度真里野さんのオススメの本、教えて下さいね」
 「も、もちろんだ。せ、拙者、本は大好きだからなっ」
 「嬉しいです……。私も、本大好きだから」
 「あ、う、うむ」

 ……どもり過ぎですよ、真里野サン。
 でも、そんな風に慌てている真里野の姿は、とても微笑ましいもので。
 俺はいつの間にか、微笑んでいる自分に気付いていた。

 ――と、突然七瀬ちゃんが、ふと何かを思い付いたように、言った。

 「そういえば、何故真里野さんはずっと着物なんですか?」

 突然の質問にきょとんとする真里野。その表情を見た七瀬ちゃんは慌てて手を振って、
 「あ、突然すいません! ちょっと、前から気になっていたもので……」
 気を悪くされましたか? と尋ねる七瀬ちゃんに、真里野は慌てて首を振った。
 「あ、いや。突然だったので驚いただけだ。すまぬ」
 「いいえ。私こそ、もうちょっと分かるように質問するべきでした。ごめんなさい」
 二人はぺこぺこと頭を下げ合っている。……何やってんだ。

 ――先に顔を上げた真里野は、咳払いを一つすると、
 「せ、拙者がこの着物を着る理由……だったな?」
 と言った。
 「ええ」
 七瀬ちゃんがこくりと頷く。
 真里野は持っていた本を机に置くと、どこか遠くを見つめながらゆっくりと語り始めた。
 「これは――――これは、故郷にいる祖父が用意してくれたものでな。祖父が若い頃着ていたものと同じものだ。
  これを着る事は、拙者にとって武士の証。
  そして――遠い故郷で拙者を信じてくれている祖父との、大切な絆。
  かけがえのないものがたくさん詰まったもの。拙者の《宝》―――」
 そこまで言って。
 真里野はふと視線を落とした。
 影になっていてよく見えないが、その表情は恐らく、悔恨、だろうと思う。

 「七瀬殿――そなたに出会わなければ、見落としてしまっていたものだ。
  確かに胸の奥にあったのに、忘れてしまっていたものだ。
  そなたのおかげで、拙者は大切なものを取り戻した――いや、思い出せたのだ。
  改めて礼を言わせてもらおう。――――ありがとう」

 七瀬ちゃんは不思議そうな表情で真里野を見ている。そりゃそうだ。彼女には身に覚えのないことだから。
 あの時、真里野と相対したのは、七瀬ちゃんの体を借りた、俺だった。
 今更言っても真里野を混乱させるだけなので、
 七瀬ちゃんと相談して、入れ替わった事は秘密にすることにしたのだが。
 そーいや七瀬ちゃんに、ちゃんと事情説明してなかったなぁ……。
 ごめんね、七瀬ちゃん。

 俺が七瀬ちゃんに心の中で謝っていると、真里野が何かを吹っ切ったように微笑んで、本を抱え直した。

 「さぁ、では始めようか。この棚を整理しておきたいと言っていっただろう?」
 「――あ、え、ええ」

 そして二人はまた、和やかに本の整理を始めた。
 俺はそれを見届けて、ゆっくりとドアを閉めたのだった――。



 +++



 〜放課後〜


 何か結局放課後になってしまった……。俺って……結構グズ?
 黄昏つつも、昼休みの図書室での真里野の言葉を、俺は思い出していた。

 (かけがえのないものがたくさん詰まったもの。拙者の《宝》―――)

 そんな大事なものを、俺は、知らなかったとはいえ、真里野から一瞬でも取り上げようとしていたのか……。
 そう考えると、恥ずかしいような、いたたまれないような気持ちになって、
 だから余計に、足が武道場へ向かなかった。
 ――だが、いつまでもこうしていてもしょうがない。
 それに真里野には、俺が夜中忍び込んだ理由なんて分からないだろうし。
 途中マミーズに寄って、おにぎりを二つほどこしらえてきた。
 これを持って謝りに行くとしよう。あと、礼も言わないと。


 ――――よし。行くか。


 おにぎりを小脇に抱え、俺は武道場へと向かった――。


 +++


 武道場の扉を引いた途端「葉佩か……」と声をかけられ、俺は心臓が飛び出るほど驚いた。
 《気》とかいうやつで分かったんだろうな……。
 恐る恐る入っていくと、そこには真里野しかおらず、しんと静まり返っていた。
 真里野は武道場の真ん中で座禅を組み、瞑想しているようだった。
 声をかけるのが憚られて、俺はその場に立ち止まってしまった。――と、真里野がゆっくりと目を開けた。

 「何をしている? もう少しこちらに来ないと話がしにくくないか?」
 そう言われ、もっともだと思い、真里野の方へ近づく。真里野は静かな表情で俺を見ていた。

 「それで、何か用か? 剣道部への入部希望か?」
 「や、違うけども」

 即答すると、真里野は苦笑して「冗談だ」と言った。

 ……何か、いつもと様子が違う気がする。
 ――って言っても、最近知り合ったばっかりだから、どこがどうとは言えないけど。

 「……先程な」
 「え?」

 真里野が突然口を開いた。
 見ると、さっき七瀬ちゃんに《宝》の話をしていた時のような、悔いるような、安らぐような表情を浮かべている。
 俺は黙って、真里野の話を聞く事にした。

 「先程、七瀬殿に礼を言ったのだ。色々と、世話をかけてしまったからな。
  それで――」
 「……それで?」
 「それでやっと、許された気がしたのだ。
  大事なものを忘れてしまっていた過去の自分を」

 ……そうか。
 あの、何かを吹っ切ったような晴れやかな表情は、自分の悔悟の念と、しっかりと向き合った証だったのだ。
 《誇り》を、《宝》を取り戻した証。


 「只の自己満足かもしれんがな。だが、それでも、もう迷いはなくなった。
  お主に助力すること――それを躊躇う気持ちは、最早無い」
 「真里野……」

 何て頼もしい言葉だ。今夜の探索にはきっと君を連れて行くよ!
 心の中で拝んでいると、真里野は柔らかく微笑みながら言葉を続けた。

 「お主がどう思っているのかは分からんが、拙者はお主のことを友だと思っている。
  だから、次に訪ねて来る時は、堂々と訪ねて来たら良い」
 「え?」
  どーゆー意味?
 「拙者はどうやら寝惚けが激しいらしくてな。夜中に尋ねて来られると、今朝方のような事態になってしまう。
  拙者としても友に怪我をさせるのは、無意識とはいえ不本意だからな……」
 「え、ちょっと待って」
 その言い方だとものすごく嫌な予感がしたりするのだが。
 「そういえば怪我は大丈夫なのか? ハッと気が付いた時には、お主が瑞麗先生に治療されておるところでな。
  自分でも自覚のないうちに技を放ってしまうことも多々あるのだ。
  幸い原子刀は振るっていなかったようだが、何故かたんこぶができていたぞ」
 いやアンタ思いっきり技放ってたし。っつーかそれに驚いてすっ転んで頭打ったんだ俺は。
 「まぁとにかくそういうわけだ。夜中に拙者を訪ねて来るのは厳禁だぞ?」
 はっはっは、とまるで時代劇のお奉行様のような笑い方で笑う真里野。
 俺というと、一気に気が抜けて、その場にへたり込んでしまった。


 「あれが全部寝惚け……!? 俺は寝惚け男相手にコントしてたのか……!? 
  寝惚け男に殺られそうになったのかー!?」


 ――応える者は誰もいない。
 俺はあまりの馬鹿馬鹿しさに、謝罪も、礼も、胸の奥の奥にしっかりとしまい込んだ。
 その代わりに、さっき握ったおにぎりを渡した。好物なのだろう、真里野は嬉しそうに受け取った。

 それで、二人で武道場のど真ん中に座り込んでおにぎりを食べた。
 いつもの着物を着て、いつものように座っている真里野は、しかしいつもより誇らしげに見えたりしたのだが。
 何か悔しいので、そんな考えは、胸の奥の奥にしまい込んだ謝罪と礼と共に、
 これまたしっかりとしまい込んでおくことにする。



 ……すっかり振り回されたぜちくしょう。



 【おしまい】







まりやんの着物の理由が…もう、ほろりときました。誇りと、宝。しかし寝惚けて原子刀は危なすぎますよ!!(笑)