空回り





 欲しがったのは、僕で。

 何でも、与えてくれたのは、貴方。

 願いは叶って。

 幸せなはずなのに、嬉しいはずなのに。

 満たされないのは、どうして?

 
放課後遅くまで残る事が出来ない教室は、いつもほんの少し静かな空気が流れている。
そんな中、珍しく葉佩は教室に残っていた。
葉佩は、手元のHANTをただいじっているだけで、文字通りぼんやりと座っていた。

「おい、九ちゃん。」

「ん?コウか。」

声をかけられ、葉佩が顔を上げれば、クラスメイトの皆守が立っていた。
葉佩は興味がなさそうに、再び顔をHANTへと戻し、開くわけでなく見つめている。

「おい、人が話しかけてるんだ。顔くらい上げろよ。」

皆守は、相変わらずだな、と少し呆れたように言った後、無理矢理葉佩の顔を上げた。
すなわち、額に手を掛け、グイ、と強制的に顔を上向かせたのだ。

「何するんだよ。」

むっとした顔で、葉佩が文句を言えば、

「だから、話を聞けよ。」

と、皆守はイラついたように応える。ガチ、とパイプが机に当たって、硬い音が響いた。
しぶしぶといった風に、葉佩は皆守の話を聞こうとした。

「で、何の用?」

くだらない用事だったら怒るぞオーラを葉佩は、醸し出しながら、脅しをかけたが、
対する皆守はどこ吹く風といった様子だった。
どうやら、自分のほうに(もしくは、話に)関心が向いていれば、どうでもよいらしい。

「お前、真里野と付き合っているって聞いたが、本当か?」

「本当だよ。」

即答で返ってきた答えに、皆守は顔を顰める。皆守はパイプのアロマに火をつけぬまま、口に咥えた。
それは、皆守が本当に言いたい事を誤魔化すときに、よく使う手だった。

「何で、アイツなんだ?」

「そんなこと聞いてどうするのさ?」

「別れろ。」

「それこそ、コウに関係ない。」

一触即発、というか、売り言葉に買い言葉、で、互いにイラついたような応答。
その後も言葉の応酬を続けたが、互いの主張するところは変わらなかった。
そろそろ手か足が出るのではないか、と思われたそのとき。

ザシュッ

血飛沫でも上がったような音が、教室に響いた。
誰も、気にすることなく、話を続けていた。メールの着信音が奇抜なだけなのだから、当然である。
途端に葉佩は、皆守との言い争いなどなかった様に、目を輝かせながらHANTを開く。
そうして、HANTに届いたメールを、しっかりと何度か見直したかと思うと、
ガサガサと荷物をまとめて教室を飛び出した。

「じゃあな、コウ。」

もうその話は終わりだ、と暗に含めていたのだが、願いは通じなかったようで、背後から、

「まだ、話は終わってないからなっ!!」

と、皆守の声が届き、葉佩をほんの少し憂鬱にさせた。
ひたすらに走って、葉佩がたどり着いたのは、男子寮の一室だった。
酷く慌てていながらも、しっかりノブを回せば、鍵を開ける事もなく、ドアが開く。
その僅かな隙間に、葉佩は滑り込ませるように部屋へと入った。
そうして、真っ先に目に入った人物が自分が求める人物と同一人物だと認識すると同時に抱きついた。

「剣介さん!!」

「く、九龍?!」

既に、何度か同じコトを繰り返しているというのに、真里野が慌てたような声を上げる。
その真里野の狼狽をみて、更に葉佩は笑みを深くする。

「可愛いです、剣介さん。」

「・・・・からかうな。」

真里野の憮然とした顔が、また嬉しくて、葉佩は一層強く抱きつく。
内心、拒否されないことに、酷く安堵していたのだ。
いつ終わっても不思議ではない、ささやかな恋の成就なのだから。
真里野が好きなのが、七瀬である以上、葉佩の思いは決して通じるはずがない。
嬉しいはずなのに、幸せを感じるほど、胸を締め付ける切なさが痛かった。
真里野と付き合うことになったのは、ふとした弾みだった。

「付き合ってみませんか?」

つい、葉佩の口を付いて出た言葉に、

「構わんが、拙者でいいのか。」

と、返事が返ってきて、喜びよりも、不安が先に葉佩の心を支配した。
だから、確認するかのように、

「好きな人がいるんですよね?」

と、葉佩が問いかければ、

「む。のぅこめんと、だ。」

と顔を赤くさせたり青くして真里野は応えた。好きな相手が誰か聞かずとも、
いつも真里野を見ていたから、その視線の先に映るのが自分ではないことを、葉佩はよく知っていた。
それでも、葉佩は自分が真里野の恋人になれることに、強い喜びを感じた。
真里野は優しかった。
真里野の部屋で一緒に寝ることは、付き合う前からしていたが、
口付けを強請ったり、手を繋ぐなど、一般的なオツキアイの範疇の出来事さえも、
真里野は葉佩が望めば、幾らでも叶えてくれた。

けれど、満たされない。

だからといって、葉佩から真里野の手を手放せない。



ある日の放課後、葉佩は武道場にいた。
いつも真里野と葉佩の二人が会っていたのは、寮の互いの部屋であったり、遺跡の探索のときだけ。
学校内では、クラスが違う事から、滅多に会うこともなかった。
会えない、だからこそ、会いたくなる。葉佩は、真里野に会いたい一心で武道場へきていたのだ。
誰もいない武道場に、葉佩は、1人立っていた。
いつでも、自分ばかりが、真里野に振り回されていることに気付いていても、それでも、好きな気持ちは変わらない。
そんな静かな場所で、男の声はよく響いた。

「おい、九ちゃん。」

その声だけで、誰だと予測が付いていた葉佩は不機嫌な顔のまま、自分を呼んだ相手を見た。
案の定、其処には皆守が立っている。

「いい加減、真里野と付き合うのはやめろよ。」

「コウには、関係ないって何度も言ったはずだけど。」

冷めた顔で、葉佩は応える。
皆守の言葉なんかに、少しも心動かされはしなかったけれど、他人に否定されて嬉しいはずもない。

「僕のことは、放っておいてかまわないから。」

皆守と視線を合わせようともしない葉佩に、影が落ちる。
強引に肩を掴んで、皆守は葉佩を抱き寄せた。

「俺は、九ちゃんが好きだ。だから、お前が空回ってるのを見てられない。」

きつく抱きしめる皆守の腕は優しく温かかったけれど、葉佩は、強引に振りほどいた。

「僕は、コウのこと、友達にしか思えないからっ。」

「それでもいい。と言ったら・・・。」

皆守は、葉佩の肩口に顔を埋めるように、もう一度抱きつこうとした。そんな皆守の行動に、葉佩は強く抗った。

「やめろよっ!!」

「そうだな。」

叫んで、皆守を突き飛ばした葉佩は、荒く息をついた。
そうして、新たに武道場に現れた人物を見とめて、

「剣介さん・・・・。」

と、泣きそうな顔で、葉佩は身を竦ませた。
いつになく無表情のまま立ち尽くす真里野が、怖くてたまらなかった。
真里野が口を開く。葉佩は、きつく目を瞑った。

「これは、拙者と九龍の問題だ。おぬしには関係ない。」

出て行ってもらおう、と眼光鋭く真里野は、皆守をにらみつける。
目を閉じていた葉佩は気付かなかったが、皆守は、真里野の目に自分に対する怒りが宿っているのに気付く。
更に、さりげなく葉佩の前に立ち、皆守から守るように立つ真里野の姿。
その真里野の言動に、皆守は打ちのめされた。

「・・・・クソッ・・・・空回ってんのは、俺のほうかよ。」

顔を伏せ、自嘲するように皆守は呟く。ノロノロと立ち上がり、いつもと同じように、アロマに火をつけた。
この場では、何とか自分の気持ちを落ち着かせたのか、
物言いたげな目を真里野に向けたものの、皆守は武道場から出て行った。
その寂しそうな皆守の後ろ姿を、真里野は厳しい目線で見つめる。
けれど、それより気になっている存在へ、真里野はその視線を向けた。
軽く、肩に真里野の手が触れただけで、葉佩はその身を震わせる。
葉佩の身の震えを、真里野は自分に対する拒否だと思い、その痛みに耐えるように眉に皺が寄った。
葉佩は、そんな真里野に、不機嫌さを感じ取り、怯えの色を見せる。

「あ、の、剣介さん・・・・。」

「拙者は、九龍が好きだ。愛している。」

「え・・・・?」

突然の真里野の告白に、葉佩は閉じていた目を思い切り見開いた。
葉佩は、驚きのあまり、思っていることを上手く話すことすら出来ない。
その間にも、真里野は葉佩ににじり寄るように、数歩体を進める。

「お主は、拙者を如何思っている?」

「ど、どうって・・・・・。」

「お主の気持ちを、拙者は一度も聞いておらん。」

ひたむきなほど、まっすぐな真里野の目線に、葉佩は再び身を震わせた。
怯えではなく、心が、喜びに震えたのだ。それと同時に、葉佩は恥じた。
いつも真里野を見ていたつもりだったけれど、
気付かぬうちに罪悪感に、目を合わせることすらできなくなっていた自分に。
それでも、素直に認められない自分がいて、

「七瀬さんが好きなのに、嘘を言わないでください。」

と、葉佩はつい憎まれ口を叩いてしまった。
返事は返ってこず、先程の皆守と同じように、葉佩は強引に真里野に抱きすくめられた。
今度は、真里野に抱きしめられるまま、葉佩は抵抗しなかった。

「とうに、拙者の心は、お主のものだ。」

耳元で囁かれた真里野の言葉に、葉佩はようやく素直に、

「僕も、剣介さんが好きです。」

と、自分の思いを告げた。

「誰よりも、あなたの傍にいたいんです。」

「拙者もだ。お主を誰より近くで見ていたい。」

その応えに、葉佩は、今まで言えずにいた思いの全てをぶつけるように、真里野に抱きついた。
以前とは違う、満たされていく感覚に、葉佩は涙を零す。
抱き返される痛みに、ただ幸せを強く感じていた。






このお話は森田が以前頂いた「溜め息」の続編にもなっております。気になる方はこちら
ああ、やっとやっと気持ちが通じたんですね〜(泣)まりやんVS甲ちゃんにもドキドキしつつ見てました…v